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2009/02/02

TKS 33 SA 4150

2007/03/18 '72ダットサン240Z フロントビューこのタイトルが何を意味するか、即座に判った方は重篤です。ご自愛ください(笑)。

余談はさておき、CG CLUBメンバーであるイノウエさんのblog「ひと・くるま・ばいく」のエントリに釣られて、と、いうよりも、寝かせていたネタのお蔵出し・・・(^_^;)。

1972年の第41回モンテカルロラリー3位入賞の「ダットサン240Z」です。
輸出仕様の左ハンドル車なので「フェアレディ240Z」ではなく「ダットサン240Z」です。

2007/03/18 '72 ダットサン240Z リアビュードライバーはラウノ・アルトーネン、コ・ドライバーはジャン・トッドのコンビ。
アルトーネンは80年代まで活躍した名手。トッドはその後のプジョー、マクラーレン、フェラーリでのマネージャー稼業での功績の方が有名になってしまいましたが、それ以前は有能なコ・ドライバーとしても名を馳せていたのは、ここで説明するまでもないでしょう。

今回ご紹介する画像は2007年の3月に日産本社ギャラリーで展示されたときに撮影したものですが、いろいろな発見がありました。

2007/03/18 '72 ダットサン240Z 補助灯モンテ仕様のZというと、誰もが思い浮かべるのが、ラジエターグリルの前に並んだ4つの補助灯。

実車を見るまでは、マルシャルやシビエ等の汎用品だと想像していましたが、違いました。
左の画像では判らないと思いますが、両脇のフォグランプには「KOITO」のマークが入っています。中央のスポットランプには刻印がありませんが、ヘッドランプも小糸製でしたので、いずれも同社製と思われます。
当時、同社が汎用品として販売していたものか、それともこのクルマ向けの特製品か判断しかねますが、前述の通り欧州製の汎用品と思い込んでいたワタシにはちょっとした驚きでした。

2007/03/18 '72 ダットサン240Z テールパイプそしてもう一つの驚きはテール部分にありました。
テールパイプが中央からの2本出しになっていました。

旧い英国車ではセンターオイラータイプのテールパイプは珍しくありませんが、直列エンジンで2本出しというのは記憶にありません。
流石に車体の下に潜り込んで覗くことは出来ませんでしたが、エンジンからテールまで、どのようなパイピングになっているのか非常に興味があります。

#もしかして、田宮のキットでは再現されていたのかな!? (^_^;)

2007/03/18 '72 ダットサン240Z トランクルームそしてトランクルームには当時のものと覚しきスタッド付きタイヤがそのまま残されています。
タイヤは勿論ですが、その脇に固定されているスコップも興味深い一品です。
おそらくはアルミ板から作られた一品製作ものでしょう。

リアのストラットタワーの後方には小物入れと覚しき雑嚢が取り付けられています。

2本のスペアタイヤとスタック時の脱出用ツール(スコップ)、そして小物入れ。そして両側のドアの下にはステップまで備えられています。
現代のWRCカーから考えると、まるでラリーレイド仕様かと思わせる仕立てですね。
最近のWRCファンにとっては驚きかも知れませんが、ずっと見てきた者の視点からいうと、この20年ほどの間にWRCカーもサーキットレース用のマシンの仕立てに近くなってきたのだということを思い知らされる部分ではあります。

その他にもドアミラーが丸っこいレイノットタイプだったり、4点式シートベルトも市販車のものを流用したかのような仕立てだったりと、いろいろ面白い部分が沢山ありました。

個人的にはS30をモディファイするなら、サーキット仕様ではなく断然ラリー仕様派で、しかもサファリ仕様よりもモンテ仕様派でした。
しかし、それを実現するためにはかなり苦労しそうなことを、実車をみて思い知らされた次第です(笑)。

いずれにせよ貴重なクルマですが、いろいろなイベントに顔を出す機会もあるようですので、その機会があれば、是非一見の価値がある個体だと思います。

#このエントリのタイトルは勿論、このクルマの登録番号「品川33 さ 4150」のコトであります。

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コメント

240Zがモンテに参戦したのは1971年が最初ですが、そのときは補助灯がフロントに飛び出していて、アールトネンが氷の壁にぶつけて破損させるので改良したのが1972年のマシンですね。

http://www2.zhome.com:81/History/rally.htm
こりゃ、たしかにぶつけて壊すね。しかしジャン・トッドが若い(笑)。

当時のサファリのマシンは、泥道での脱出用にタイヤの下に差し込むすべり止めの板まで携帯していた気がします。

投稿: akira isida | 2009/02/02 21:21

>isidaさん
コメントありがとうございます。
リンク先拝見しました。こりゃぶつかりますな(笑)。

ネコから出たZのムックの巻頭で三本和彦さんが、S30ラリー仕様についてアルトーネンに聞いたという話を披露されています。
当時、アルトーネンはS30をラリーに使うには大きすぎるといっていた由。
でも、以前別のムックで当時のワークス監督だった難波さんが「当時の日産車で最もパワーウェイトレシオに優れた」クルマだったから選択したなんていってるので、現場では相克あったのかも知れませんね。

>すべり止めの板

ありましたね。定番装備品でしたね。

スタックといえば、かの名作「栄光への5000キロ」で石原裕次郎さんがスタックしたときに使ったのは、勿体なくも浅丘ルリ子さんお手製のセーターだったような気がしたんですが、違いましたっけ!?

「栄光〜」は、かねてからDVD化されるのを心待ちにしているんですが、出来ない理由がなにかあるんですかね!?

投稿: nan | 2009/02/04 00:53

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