strangelove.cocolog-nifty.com > 6th トロフェオ・タツィオ・ヌヴォラーリ・イン・ジャポーネ

#001 1973年 ディーノ246GT [1]
#001 1973年 ディーノ246GT [2]
#002 1990年 フェラーリF40
#003 1997年 フェラーリ355F1 [1]
#003 1997年 フェラーリ355F1 [2]
#004 1998年 フェラーリ355 [1]
#004 1998年 フェラーリ355 [2]
#006 2006年 フェラーリ612スカリエッティ [1]
#006 2006年 フェラーリ612スカリエッティ [2]
#102 1948年 フィアット1100S MM [1]
#102 1948年 フィアット1100S MM [2]
#102 1948年 フィアット1100S MM [3]
#102 1948年 フィアット1100S MM [4]
#102 1948年 フィアット1100S MM [5]
#103 1955年 フィアット1100TV PF スタンゲリーニ [1]
#103 1955年 フィアット1100TV PF スタンゲリーニ [2]
#104 1956年 ポルシェ356スピードスター [1]
#104 1956年 ポルシェ356スピードスター [2]
#105 1959年 オースティン・ヒーリー・スプライトMk.I [1]
#105 1959年 オースティン・ヒーリー・スプライトMk.I [2]
#107 1959年 シボレー・インパラ [1]
#107 1959年 シボレー・インパラ [2]
#108 1947年 フィアット・エルミーニ1100SS
#109 1948年 チシタリア240A
#203 1966年 フィアット・アバルト OT1300 [1]
#203 1966年 フィアット・アバルト OT1300 [2]
#203 1966年 フィアット・アバルトOT1300 [3]
#203 1966年 フィアット・アバルトOT1300 [4]
#204 1967年 ディーノ204GT [1]
#204 1967年 ディーノ204GT [2]
#205 1968年 メルセデス・ベンツ200
#206 1969年 ロータス・ヨーロッパS2 [1]
#207 1963年 MG-B [1]
#207 1963年 MG-B [2]
#208 1969年 フィアット850クーペ [1]
#208 1969年 フィアット850クーペ [2]
#208 1969年 フィアット850クーペ [3]
#209 1969年 アルファロメオ・スパイダー・デュエット [1]
#209 1969年 アルファロメオ・スパイダー・デュエット [2]
#210 1969年 モーガン・プラス8 [1]
#210 1969年 モーガン・プラス8 [2]
#210 1969年 モーガン・プラス8 [3]
#301 1971年 メルセデス・ベンツ280SL [1]
#301 1971年 メルセデス・ベンツ280SL [2]
#302 1971年 いすゞ117クーペ [1]
#302 1971年 いすゞ117クーペ [2]
#302 1971年 いすゞ117クーペ [3]
#302 1971年 いすゞ117クーペ [4]
#302 1971年 いすゞ117クーペ [5]
#303 1972年 日産スカイライン200GT-R [1]
#303 1972年 日産スカイライン200GT-R [2]
#304 1973年 マツダ・ルーチェ [1]
#304 1973年 マツダ・ルーチェ [2]
#304 1973年 マツダ・ルーチェ [3]
#305 1973年 ポルシェ911E [1]
#306 1981年 BMW M1 [1]
#306 BMW M1 [2]
#307 1985年 デ・トマゾ・パンテーラ [1]
#307 1985年 デ・トマゾ・パンテーラ [2]
#308 アルファロメオSZ [1]
#308 アルファロメオSZ [2]
#番外1 2002年 フェラーリF2002 [1]
#番外1 2002年 フェラーリF2002 [2]
#番外2 1964年 チシタリアD46 “0018” [1]
#番外2 1964年 チシタリアD46 “0018” [2]
#番外2 1964年 チシタリアD46 “0018” [3]
#番外2 1964年 チシタリアD46 “0018” [4]

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#306 1981年 BMW M1 [1]

#306 1981年 BMW M1 [1]

クイーンズポート函館前にて

1981年BMW M1です。
こちらも毎年参加されている車です。

発表は1979年のパリサロン。現在でもBWMのホットモデルに付けられる“M”(モータースポーツの意)を冠した最初のモデルでありました。
当時のGr.4/5でポルシェの対抗馬となるべく企画された車で、エンジンはBMW自慢のツーリングカー選手権向けの3.5CSL用をジャンパオロ・ダラーラ設計によるシャシーに搭載し、イタル・デザインによるスタイリングを纏い、BMWの高品質を備え持つ「スーパーカー」でありました。

#BMW、ランボルギーニの両者は、ダラーラの関与を公式に認めていませんが、ファン、研究家の間ではよく知られた事実です。

Gr.4のレギュレーションを満たすため、年産400台、2年目で800台を生産する計画でしたが、共同生産を予定していたランボルギーニ社が経営不振に陥ったため、急遽フルア社との協業に変更したものの、生産能力が追い付かずに計画通りにはいかず、結局は1978~1981年の間に456台が生産されるに留まりました。

このため、当初計画されていたレースやラリーへの参戦も、Gr.4の認可が取得できなかったため、一部のプライベーターがGr.5で参戦したり、F1 GPの前座での「プロカー・レース(M1のワンメイクレース)」等に出場する程度に留まりました。

歴史に「たられば」はありませんが、もしもランボルギーニの経営不振がなかったら、或いはランボルギーニに代わって予定に近い生産能力を発揮できるパートナーが見つかっていたら、ツーリングカーレースの歴史は、我々が知っているのとは違うものになっていたかも知れません。
そしてBMWのラインナップも、もしかしたら今とは違ったものになっていたのかも知れません。

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