1985年デ・トマゾ・パンテーラ(De Tomaso Pantera)です。

イタリアン・ルックの美しいボディに、強力無比なアメリカン・ユニットを組み合わせたスポーツカー。第2次世界大戦後、多くの愛好家達が夢見た組み合わせです。

実際、1960年代頃迄にはそのフォーマットに従って作られた、イタリアの有名カロッツェリアによるショーカーや少量生産のスペシャルカーが数多く存在します。
代表的な生産車には、デ・トマゾ・マングスタ(De Tomaso Mangusta)や、イソ・グリフォ(Iso Griffo)等がありますが、いずれも量産というにはほど遠い少量生産に留まっていました。

そんな中、1960年代後半、アレッサンドロ・デ・トマゾとフォードの思惑が一致して一台のイタロアメリカン・ハイパフォーマンス・スポーツカーが産まれます。

ランボルギーニから引き抜かれたジャンパオロ・ダラーラの設計によるプレス鋼板によるセミモノコック構造のシャシーを、当時デ・トマゾ傘下だったギア所属のトム・ジャーダによるスタイリングのボディで包み、これにフォードの屈指の設計者ウィリアム・ガイのチームが手塩にかけたスモールブロックV8を縦置きしてできあがった車。これがデ・トマゾ・パンテーラでした。

当初の計画は、1万5,000ドル(当時)で、リンカーン/マーキュリー販売店を通じて年間5,000台を売るというものでしたが、計画は当初から暗礁に乗り上げます。