事実上、グラハム・ページ社の設計と生産設備をそのまま導入したこともあり、当時の米国製セダンの平均的な成り立ちとスタイルを持つクルマだと思います。
同時期のトヨダAA型はクライスラー・エアフローに影響を受けていますが、この70型などと合わせてみることができれば、当時の米国車のスタイルの流行のようなものがよく解るような気がします。

ちなみに当初はこのセダンのみが生産されましたが、後に幌型(フェートン)が追加され、合計で約5,500台が生産されました。
ただし、折り悪く戦時色が強まってきた時代でもあり、この後、乗用車の生産は縮小、日産に限らず各社共に自動車の生産は軍需向けトラック一辺倒になっていくことになります。